ILLIONAIRE RECORDSが10年の歴史に幕を下ろす
韓国ヒップホップの歴史を語る上でなくてはならない存在、ILLIONAIRE RECORDS。このシーンを形成する上で多大なる貢献をしてきた彼らが、その10年の歴史に幕を下ろすこととなりました。
多くの人々を驚かせるビッグニュースでもある一方、「やっぱりな」と思った人もいるかもしれませんね。というのも、今から5日前の7月2日、BeenzinoがILLIONAIRE RECORDSを脱退するというニュース記事が出ていたんです。「SPOTV NEWS」が独占入手したというBeenzino脱退報道を受けて、Beenzinoはその日のうちにインスタライブで率直な思いを語りました。以下はそのインスタライブからの抜粋です。
「確かに協議中の話ではあります。 だけど何が残念かって、僕たちがまだ確定させたわけではない話が記事によって人々に知らされたことです。自分の言葉で直接お伝えする機会が奪われて悲しいです」
「ILLIONAIREと僕の関係は、所属事務所とアーティストという関係とはちょっと違って、言葉では説明できない自由な関係です。だから専属契約を解除する、決別するっていうのはちょっと違います」
「今の気楽な場所から抜け出してチャレンジしていくことは重要だと思います。今はもう少し新しい人たちと出会いたい。そろそろ新しい音楽仲間たちと出会う時期のようです」
「もっと発展したいという気持ちしかありません。ちょっと新しくなりたいというか。そんなことについてILLIONAIREと話をしているところなんです。近いうち正式にお知らせするつもりです」
まったくもう、「SPOTV NEWS」は一体どこからこの情報を入手したというのでしょうか。Beenzinoの言う「自分の言葉で直接お伝えする機会が奪われて悲しい」って、本当にそうだと思いますよ。だから私も公式発表を待つことに決めました。そして昨日、7月6日の夕方に公式発表が出たというわけです。
今年2月に以下の記事でお知らせしたように、Dok2が先に脱退していたこともあり、レーベル解体も時間の問題だという予感はありました。
そもそもILLIONAIREって、The Quiettがイメージをガラリと変えて始めたレーベルなんですね。なので2~3年前からThe Quiettが急速に昔のイメージに戻していくのを見ながら、私はDok2とのコンビネーションに違和感が出ることを勝手に心配したりもしていたのです。このままあと何年持つかなって、本当に勝手だけど心の中ではひそかに懸念はしてました。
あんまりこの辺の話に詳しくない方のためにもう少し詳しく説明すると、ILLIONAIRE RECORDSってのは2011年1月1日に設立されたレーベルで、当時の韓国ヒップホップシーンには全くなかった「タトゥーびっしりでダーティーサウスでSWAG感を出しまくるゴリゴリなヒップホップ」を前面に出していたDok2と、そのイメージに合わせたThe Quiettの2人によって立ち上げられたんですね。
しかしその設立の前月までThe Quiettが所属していたのは、「Soul Company」といって優しいサウンドと抒情的なリリックをラップする好青年たちのイメージが強いレーベルでした。Soul CompanyはThe QuiettとKebeeが中心になって2004年に設立したレーベルで、まだまだヒップホップがアンダーグラウンドのニッチなものだった2000年代、幅広いファン層を獲得してシーンの中では独り勝ち状態でした。一番人気だったThe Quiettが2010年末に脱退したことで急速に衰退してしまい、残念ながら2011年に解体となりました。
Soul Company(The Quiettは前から2列目の真ん中)
Soul Companyでも十分成功を収めていたThe Quiettですが、もっと上を目指したくて2011年にDok2と2人でゴリッゴリのヒップホップレーベルを立ち上げます。Soul Company時代は青年の悩みとか優しいラブソングをラップしていたThe Quiettが、突然ロレックスや金のネックレスをまとい、「俺は悪い奴だぜ、成功したぜ、カネに女に困ってないぜ」みたいな路線になり、いつも見せていたニコニコ優しい笑顔を封印し、カメラの前では絶対に笑わないというスタイルを貫いたのです。
最初はファンたちもそのイメージチェンジに全然ついていけず、ずいぶんと批判もされました。しかしそのイメージチェンジのおかげで新たなファン層を獲得したし、かっこいい音楽を発表し続けることによって才能を証明していきました。2014年には『SHOW ME THE MONEY 3』でブレイクも果たし、ILLIONAIREは2010年代の韓国ヒップホップを象徴するようなレーベルへと成長しました。
こういった話をもっと詳しく知りたい人は、私の著作『ヒップホップコリア』を読んでね(笑)。The QuiettとDok2から直接送ってもらった自慢の車とかロレックスとかの写真も載せてるからね。ってか表紙がILLIONAIREだしね~(しんみり)。
で、BeenzinoはILLIONAIRE設立から数か月経ってから加入しました。芸術大学に通いながらラッパーとしての道に進むべきか悩んでいたBeenzinoは、相談に乗ってくれたDok2とThe Quiettによって背中を押されます。Beenzinoの音楽性はジャジーだったりポップだったりするのでDok2とThe Quiettとは全然違うけど、そういった背景があるのでそれ以上の絆みたいなものを持って3人体制のILLIONAIRE RECORDSができあがったわけです。
その後はBeenzinoがどんどん大衆的に人気を獲得し、ひとりだけ知名度が高いというか、とにかく当時のヒップホップシーンとしては異例の知名度と人気でした。その間にもDok2とThe Quiettはマイペースにゴリゴリとやってて、ILLIONAIREは着実に地位を固めていきました。そんな中、Jay Parkが「ILLIONAIREに入りたい」って頼んで、Dok2とThe Quiettが「いや、君は僕たちには重すぎる」って断って、Jay ParkがAOMGを立ち上げたのが2013年。Jay Parkにとって、そして韓国ヒップホップシーンにとって歴史が動いた瞬間です。
そして私がDok2とThe Quiettと知り合ったのは2014年。まさに知り合ったその瞬間の話が下記の記事に書いてあります。私個人にとって歴史が動いた瞬間。
この時に知り合って、その後は彼らの来日ライブを以下の3回、企画・主催しました。1回目と2回目がDok2とThe Quiettの2人、そして3回目はAMBITION MUSIKとの合同ライブです。
せっかくなので、良かったらこちらもどうぞ。
実は1回目のライブの企画の際、Beenzinoもミーティングの場に同席していて、私としては何が何でも3人での来日を実現させたかったんですね。だけど韓国では兵役を控えている20代後半の男性って、パスポートの更新とか海外での仕事のビザとかいろいろ難しいんですよ。それで断念して、翌年の2回目でリベンジしたかったんだけど同じ理由で断念することになりました。
で、3回目のライブの時は、Beenzinoは兵役の真っ只中でした。ようやく去年2月に兵役を終えたので、そのうち3人全員が揃った来日ライブを実現させたいって思ってたんだけど、そうこうしているうちにAMBITIONのほうがどんどん人数が増えていって、「こりゃもう私の手には負えないな、どうしよう」って思ってるうちにDok2が脱退しちゃって。
だけど話は前後するけど、さっきちょっと書いたようにThe QuiettがそもそもSoul Comapanyの時のようなキャラに戻っていったんですよね。もう完全に「みんなの優しいお兄さん(下手したらお父さん)」ってキャラになっていたので、もはや「Dok2とはイメージが合わなくないか?」という懸念はすでに生まれていたわけです。
PaloaltoとThe Quiettが「P&Q」というチームで活躍したのが2000年代半ば。そこから10年ほど経った2015年頃、The QuiettにまたP&Qをやることはあるのか聞いたところ、「僕がイメージも音楽性もすっかり変わったから難しい。やりたい気持ちはあるけど」と言っていました。実際、その2015年頃は「うーん、確かに今のPaloaltoとThe Quiettはあまりにも似合わないな」と納得するしかないほど2人のイメージはかけ離れていました。
P&Qのアルバム『Supremacy』(2006年リリース)
それが今はどうでしょう。2018年には『SHOW ME THE MONEY 777』で久々に一緒に並んで「P&Qだ!」と喜ばれ、その後も2人セットで他のラッパーにフィーチャリングする機会がものすごく増えました。ついには去年の5月にはYouTubeを通して「P&Q」のラッパー相談所を開始。ほんの数年前に「うーん、確かに似合わないな」って思ってたことが信じられないくらい、よく似合ってます。Paloaltoが以前よりクールなイメージになったというのもあるかもしれません。
P&Q 韓国ヒップホップ相談所
こんなThe Quiettの変化を見ながら、私は「Dok2と方向性が合わなくなってないかな」って勝手に心配しつつ、でも変化や進化を見せるのがアーティストにとっては重要なことだからとポジティブにとらえていました。
しかしDok2がちょっといろんな意味で調子悪くなっていったというか、親御さんのトラブルとか、Dok2自身のトラブルとか、トラブル続きで活動の拠点をアメリカに移して新たなスタートを切ることとなりました。そして今年2月にILLIONAIREを脱退。
Dok2が脱退した時の記事にも書いたけど、The Quiettが「自分らしく自然なスタイルで韓国でやっていきたい」というのに対し、Dok2は「アメリカで現地のラッパーたちと本場のヒップホップを追求したい」ということなのだと思うし、Beenzinoはこれまでもずっと音楽性も然り、アートのほうに力を入れてることも然り、ひとりだけ違ったスタイルで活動を続けてきたけど、今後はさらに自分らしい活動を繰り広げていきたいということなのでしょう。
Beenzinoが脱退するとなると、ILLIONAIREはThe Quiettがひとりだけになってしまいます。そんなThe Quiettも最近はAMBITION MUSIKのメンバーと一緒に活動することが多く、そっちに力を入れていることがよく分かります。だからこれを機にILLIONAIREが解体するというのは自然の流れなのでしょう。
2011年1月1日の設立から、実に9年と6か月。約10年にわたる歴史に幕を下ろすこととなったILLIONAIRE RECORDS。またひとつ、韓国ヒップホップの歴史が終わるようでとてもしんみりとした気持ちになってしまいますが、それぞれのアーティストたちがこれからも新しい道で花を咲かせていくのを楽しみに見ていきたいと思います。
こちらがILLIONAIRE RECORDSのInstagramとTwitterに掲載された、レーベル解体をお知らせする公式文章です。
翻訳:ILLIONAIRE RECORDSは過去10年間の長い旅を終え、アーティストたちはそれぞれの場所で新たな挑戦を始めようとしています。これまで送ってくださった声援と愛に心から御礼申し上げます。アーティストたちの新しいスタートに大きな応援をお願い申し上げます。
10年間の歴史をありがとうございました。お疲れ様でした。