韓国人と詩 ―― 3人の韓国人ラッパーが語るラップと詩の関係

Written By Sakiko Torii

皆さん、こんにちは。BLOOMINT MUSICの運営者、鳥居咲子です。

本稿は2017年6月に執筆したものですが、掲載予定だった雑誌の企画自体が頓挫したようで、そのまま2年半が経過してしまいました。こういうことはよくあるので仕方ないのですが、「詩」という慣れないテーマについてがんばってラッパーたちに取材をし、一生懸命書いた原稿がこのままお蔵入りになるのはもったいない。なので自分のサイトに掲載することにしました。

この企画が発案された2017年というのは、詩人の尹東柱(ユン・ドンジュ、1917年12月30日 – 1945年2月16日)の生誕100周年にあたる年です。彼は当時の日本の植民地政策に異を唱え、日本からの独立を訴えたことを理由に「治安維持法違反」として日本で逮捕・投獄されました。そしてそのまま27歳という若さで獄中死をしてしまいます。死因は日本当局による生体実験だと言われてますが、真偽のほどは分かりません。

韓国では知らない人はいないと言われるくらい有名な尹東柱。私が執筆したテーマは、「尹東柱の生誕100周年を記念し、韓国の詩の文化を掘り下げる」というものでした。韓国では詩が生活の中に浸透していて、若者も詩集をよく買って読んでいるそうです。韓国のラッパーたちが詩からどのような影響を受けているのか、それが知りたいとのことでした。

そこで「リリック」というよりは「詩」に近い歌詞を書くことで知られる3人のラッパー(カンサンヨウル、Suda、Kebee)に取材をし、記事を書きあげました。余談ですが、Kebeeはこの翌年くらいから作詞家としての仕事が多くなり、Wanna OneやIZ*ONEなどの作詞も担当しています。

 


 

韓国人と詩 ―― 3人の韓国人ラッパーが語るラップと詩の関係

文=鳥居咲子(2017年6月18日・筆)

 

韓国では日本と比べて詩が一般的に親しまれているという。確かに韓国人の友人たちのSNSを見ていると、詩を引用した投稿をしばしば見かける。なかでもカリグラフィーで書かれた詩は大変美しく、ファッションアイテムやスイーツと並ぶオシャレ投稿の代表格なのではないかと思えるほどだ。

しかし私にはあいにく詩を読むという趣味がない。歌詞だったら数え切れないほど読んできたが、純粋な詩というものには触れる機会がほとんどないのが実状だ。愛読している詩集もなければ、特別好きな詩人もいない。だから韓国人が日常的に詩に親しんでいると聞いてもあまりピンとこない。

ヒップホップのリスナーである私は、韓国語ラップの歌詞を読む機会が多い。韓国のラッパーたちが書く歌詞は叙情的なものから言葉遊びが巧みなもの、ストーリー性の高いものまで実に多様だ。だけどどのようなタイプの歌詞を書くラッパーであっても「ライミング」、つまり詩で言うところの「押韻」を重んじるという点では共通している。そしてラップの肝となる声の高低や強弱、リズム、イントネーションなどを総括して「フロウ」と呼ぶのだが、これは詩で言えば「韻律」に当たるのではないだろうか。

ラップでは比喩や隠喩も多用される。どうやら通常の歌モノと比べると、ラップの歌詞には詩との共通点が多そうだ。ならば韓国のラッパーたちは、もしかしたら詩から影響を受けている部分もあるのではないだろうか。そこで詩に関する質問を3人の韓国人ラッパーに投げかけてみた。

 

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◆ Kangsanyeou(カンサンヨウル)

まずは10年にわたって地道な活動を続けてきているKangsanyeou(カンサンヨウル)。低い声で哀愁漂うラップをする彼は、短い言葉を紡ぎながら抽象的な表現をすることが得意だ。暗くて重いテーマの歌詞を書くことが多く、それを彼自身は「憂鬱な感性ヒップホップ」と称している。

その独特な世界観は、やはり詩から受ける影響も大きいのだろうか。そう尋ねてみると、実は子供の頃は詩や文学には興味がなかったそうだ。しかしそんな彼を変えたのがひとつの映画だった。詩を朗読するパフォーマンスを題材にした『SLAM』というアメリカ映画に衝撃を受け、数え切れないほどの詩集を読むようになったのだそうだ。

同映画の影響で、今でもラップの歌詞は詩だと思って書いているという。今では高銀(コ・ウン)『瞬間の花』白石(ペク・ソク)『鹿』をこよなく愛し、特に『瞬間の花』は暇を見つけるたび何度も読み返しているそうだ。

 

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◆ Suda(スダ)

続いて、柔らかいトーンで「童話のようなラップをする」と評されるSuda(スダ)。おしゃべりを意味する수다쟁이(スダジェンイ)という単語からラップネームを名付けた。おしゃべりという言葉には中身のない話を延々とするイメージがあるが、決してそんなラップはしないという決意を自分自身に示すため、逆説的な意味で名付けたそうだ。なんとも詩的な由来である。

Sudaは学生時代に詩画集を作る課題を受け、毎週一遍の詩を選んでその詩に合った絵を描いていた。その当時は金素月(キム・ソウォル)の詩集に夢中になり、課題にも選んだという。今一番好きな詩人は千祥炳(チョン・サンビョン)。比喩を使わなくても生活の美しい一面を悟らせてくれるところが魅力なのだそうだ。

Suda自身、詩的表現にかなりこだわりながら歌詞を書いていた時期もあったという。新しいインスピレーションが必要な時、あるいは自分では簡単に見つけることのできない感情を探りたい時、それに適切な詩集を探すのだそうだ。

 

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◆ Kebee(キビ)

最後は「ラッパーにならなかったら詩人になりたかった」と公言しているほど詩に造詣が深いKebee(キビ)だ。韓国のヒップホップシーンの中では、最も情感あふれる詩的な歌詞を書くことで知られる。

やはり詩との関わりは幼い頃から密接で、なんと母親が詩を書いていたのだという。その詩を読みながら母親の新たな面を感じ、母親のことをより深く理解できるようになったのだそうだ。学生時代には自分で詩を書きたくなり、数多くの詩を読みふけったという。

そんなKebeeが一番好きな作品として挙げたのは、キム・ギョンジュ『私はこの世にない季節だ』。カンサンヨウルとSudaが挙げたのはいずれも古い詩人であったが、キム・ギョンジュは1976年生まれの現代詩人。言語を扱う技術面で抜きん出ており、短くても強い余韻の残る作品が多いのだという。Kebeeが最も多くのインスピレーションを受けた詩人であり、彼から生み出されるすべての言葉と文字を学びたいと話す。

 

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これだけ普段から詩に親しんでいる彼らだが、意外にもラッパー同士で詩について語り合うことはほとんどないのだそうだ。そんな中で珍しく話題に上ったことがあるというのがソン・ギョンドン。労働者階級の哀歓を扱う詩人で、感銘を受けた多くのラッパーやプロデューサーたちが話題にしていたという。

最後に本特集のメインテーマとなる尹東柱(ユン・ドンジュ)について3人に尋ねてみた。尹東柱の死後に出版された『空と風と星と詩』を長年愛読し、昨年(2016年)発売された初版本と同じ表紙の記念版も購入したというカンサンヨウルは、尹東柱のことを「つらい過去について息を殺すように静かに話し、小さな表現で大きな響きを与えた悲しい詩人」と表現した。

「尹東柱の詩は強烈だ」と話すSudaは、若い詩人ならではの使命を感じさせるところに魅力を感じるという。Suda自身が自己省察的な様相を歌詞に入れて楽しむようになったのは、尹東柱の影響が大きいのだそうだ。

そして詩から最も大きな影響を受けているKebeeは、やはり最も詩的な表現で尹東柱のことを描写してくれた。「詩を通して国を愛した人。どれだけ時間が経っても、詩の意味を思い返させることのできる灯台のような存在」と。

今回3人から話を聞いて、韓国のラッパーが思っていた以上に詩から多くのインスピレーションを得ていることが分かった。もちろんそれ以外からインスピレーションを得ることも多いだろう。家族や友人や恋人との会話、旅行や映画などを通して感じることなど数多くの体験のなかで、詩もまたそのひとつとして彼らを感化させている。日常の一コマとして詩が生活の中に溶け込んでおり、それらが自然な形でラップに姿を変えて彼らの口から紡ぎ出されるのだ。

 

writerSakiko Torii

韓国ヒップホップを専門に文筆業、イベント主催、音源/MV制作サポート、メディア出演など多方面に活躍。



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