Interview | Keith Ape by COMPLEX

Keith Ape | 世界的なトラップスターになる準備は整った


アメリカの最大手媒体のひとつであるCOMPLEXに、Keith Apeの記事が掲載されました。すごいですね。せっかくなので和訳してみました。一部の固有名詞については、オレンジ色の括弧書きで補足説明も書いています。

ちなみにKeith Apeが今年の6月まで所属していたHI-LITE RECORDSの来日ライブが、今月Shibuya Milkywayで開催されます。企画・主催は私、BLOOMINT MUSICの運営者であるSAKIKOです。こちらのCOMPLEXの記事にも登場する、The CohortのOkasianとReddyも出演します。ライブの詳細はこちらをご覧ください。

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Keith Ape | 世界的なトラップスターになる準備は整った

21歳の韓国人ラッパーが、代表曲『It G Ma』の成功の波に乗ってアメリカにやってきた。しかし彼はどこまでキャリアを築くことができるだろうか?

文章:Donnie Kwak
写真:Diwang Valdez

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我々が一番はじめだった。

私が「我々」と言うときは、我々「韓国系アメリカ人」という意味だ。

我々が一番はじめに『It G Ma』に注目した。2015年の元日、このKeith Apeの大ヒット曲とミュージックビデオがどこからともなく現れた最初の週だった。当初のYouTubeの正確な統計は分からないが、恐らく私のような韓国系アメリカ人(我々は韓国以外の国に住む韓国人を「キョポ=海外同胞」と呼ぶ)がYouTubeの最初の301+ 再生を独占していたのではないだろうか。それが今や1000万回再生近い数字となっているが、現在のYouTubeの統計を見ると、そのうちの60%がアメリカで再生されており、韓国はわずか10%にとどまる。

1月1日を迎えるまで、我々のほとんどがKeith Apeという名前を聞いたことがなかったが、『It G Ma』はあっという間に拡散された。私はこの曲をキャッチーだと思い(もちろん模倣だとも思ったが)Keithのマスク、手に握った地ビールのような緑色のマッコリ瓶、韓国ウォンのマークなど、ビデオから湧き出るエネルギーや文化的イメージに共感した。韓国の傑作。クールでヤバいヤツ。そして『It G Ma』の意味。イッジマ=忘れるな。ピッタリだ。

Keith Apeに関する記事をComplexで読むということに、民族的な誇りを感じる人もいるだろう。それこそが、Complexが『It G Ma リミックス』のビデオを制作・公開した理由のひとつだ(詳細は後述する)。しかし理由はそれだけではない。2015年のヒップホップには2つの階層がある。ひとつはたった1%のスーパースター(とそこに入り込もうとする者たち)で、もうひとつは古株ラッパーたちだ。ところがここで第三の層が現れた。インターネットを通して自分たちのオリジナリティやスキルを披露したり、自己満足のために徹底的に自作にこだわって見せつけてくる熱心な新世代だ。そのひとりとも言えるKeith Apeは、実は上記の3つとも兼ね揃えている。

ソウルのKeith ApeとThe Cohortクルーは、アトランタのAwful RecordsやストックホルムのThe Sad Boysのように、地元の無名集団からネット上の有名集団へと躍進した。この異彩を放った新世代は、ヒップホップの奇妙な新世界を代表している。地元で育んだ創造性、そして堂々たる模倣がネット接続を通して生み出したこの新世界を。

私には先入観があるかもしれないが、韓国からやってきたこの青年は、中でも最高の存在となる予感がする。

「何もかもが大きく変わったよ。」Keith Apeは電話でそう答えた。『It G Ma』のリリースから7ヶ月、人生がどれだけ変わったか尋ねた私の問いに対する答えだ。彼はLAにいた。近い将来、新たに設立された「CXSHXNLY Records」でソロキャリアをスタートさせるまで滞在する予定のようだ。

Keith Apeはところどころ英語を交えて話すようになっていた。「勉強はしてないんだけどね。でも話すようにしてるんだ。」と彼は言った。10人のメンバーからなるThe Cohortクルーの仲間がいない中、彼は独りでアメリカに滞在中だ。今年4月に『It G Ma リミックス』のミュージックビデオ撮影現場で初めてKeith Apeに会ったとき、彼はオースティンからLA、そしてニューヨークへと移動する旅の大半をThe Cohortのメンバーと共に過ごしていた。SxSW(※テキサス州オースティンで毎年行なわれているフェス)に出演し、SOB’s(※ニューヨークにある有名クラブ)で開催したライブもチケットが完売となったときだ。ステージから下りたKeith Apeは、繊細な顔立ちと長いまつ毛が印象的で、ダメージ・ジーンズとコンバース・オールスターを身につけた華奢な身体つきは、ラップというよりはパンクロックのようだった。英語が堪能なThe Cohortのメンバーたちが会話のほとんどを引き受ける中、Keith Apeは状況についていけずにぼんやりとしていて、少し参っているようだった。

Keith Apeが面食らうのも当然だろう。ラッパーにとって、曲が突然メガヒットとなり、引っ張りだこになるだけでも十分に非現実的なことだ。それが一度も行ったことのない、言葉もほとんど分からないような国で起こったと想像してみてほしい。Keith Apeは韓国でもまだまだ無名だ。それなのに彼は初めて訪れたアメリカで、韓国人以外のファンやメディアからセレブ扱いを受けた。それどころか、アメリカ人ラッパーたちまでもがコラボをやろうと列を成したのだ。混乱の旅路を振り返り、彼は「꿈 같았어요.」と言った。夢のようだった、と。

The CohortのメンバーのOscar Leeは、クルーを創設したという点ではA$AP Yams(※アメリカのヒップホップクルー、ASAP Mobの創設者。今年1月に26歳という若さで死去)のような存在だ。穏やかな口調で話す27歳のOscarは、Keith Apeのことを「今回の一連の出来事によって大きく成長した。求められているものに応じる責任感のようなものが生じていくのが見えた。」と語った。

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1993年にイ・ドンホンとして生を受けたKeith Apeは、The Cohortクルーの中では最年少だが、音楽制作の経歴は一番長い。彼はソウルの中心地から電車で1時間かかるブンダンという郊外で育った。「タバコを吸ったり、バイクに乗ったり、カツアゲをしたり、そんな悪いことはしなかったよ。」と彼は英語で言った。「でも問題児だった。」

学校生活に退屈したKeith Apeは、郊外に住む普通の子供たちと同様、ヒップホップにはけ口を見い出した。幼い頃にポップミュージックを多く聴いてきたKeith Apeは、14歳のときにNasとAZ Tradeの『Life’s a Bitch』(今となってはArsenalリミックスだが)を聴いたことで、音楽を聴く耳が変化したそうだ。そのときからライムを書いたり音楽制作を試みながら、自分でラップミュージックを作るようになった。

17歳のとき、音楽を作ること以外に何のプランもないまま高校を中退した。「Kid Ash」という名前を使ってSouldCloudに楽曲をアップロードをしたり、友達と作ったビデオをYouTubeに公開したりした。「だけど何の希望もなかったよ。」と彼は振り返る。成功する確証はなくとも、彼は毎日小さなレコーディングスタジオで長時間を過ごし、必死に練習を重ね、スタジオで寝泊まりする日も少なくなかった。家に帰れば、音楽教師である父親が息子の人生の選択を嘆き悲しんだ。

そのすべては2012年に変わった。The CohortのメンバーであるOkasianは、そのときすでにアンダーグラウンド・シーンで注目される存在だったが、そのOkasianがプロデューサーのところでビートを聴いていたとき、偶然Keith Apeの曲を見つけたのだ。たまたまそのうちの1曲にKeith Apeのボーカルが入っており、Okasianは思わずプロデューサーに「おい、こいつは誰だ?」と尋ねた。「彼の声、彼のフロウ、彼の言葉遣い、彼の発音。彼は言語のようにラップする。ほかのラッパーとは明らかに違う大きな可能性を感じたんだ。」

連絡先を交換したOkasianは、Keith ApeをOscarのもとに連れていき、その結果The Cohortクルーに仲間入りを果たした。Keith ApeはKid Ash名義でOkasianのファーストアルバム『탑승수속(搭乗手続)』に数曲フィーチャリングし、The Cohortのミックステープにも参加した。Keith Apeは「한국에 Cohort빼고 하고싶은crew 없었어요.」と言った。韓国にはThe Cohortを除いて入りたいと思うようなクルーがなかった、と。それから「だって分かるだろ。韓国のラップはクソだ。最悪だよ。」と英語で続けた。

その頃、彼は名前をKid AshからKeith Apeに変えた。大好きなアーティストのキース・ヘリングと動物を掛け合わせた名前にして、自分自身のブランドを再構築したのだ。「僕は賢くて繊細なときもあるけど、バカで無鉄砲なときもある。」と話す彼のインスタグラムのアカウント名は「SAVAGEHARING’15」=未開なヘリングだ。

2014年も終わりに近づいた頃、新たな名を背負ったKeith Apeは、志を同じくするクルーと共にアーティストとして申し分のない位置にいた。韓国で急成長を遂げたヒップホップ・シーンの中でも、特に足場の整ったクルーだ。彼は音楽で生計を立て始め、父親から認められるほどにもなった。少しずつではあるが、確実に状況は良くなっていった。

そして『It G Ma』だ。

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Keith Apeの人生を180度変えたこの曲は、世界的なヒットを狙ったものではなかった。Oscarによると、The CohortはOG Macoの『You Guessed It』のようなクレイジーなものを「単に楽しむためだけに」作りたいと思ったそうだ。プロデューサーのJunior Chefがトラップビートを手早く作り上げ、日本に長く住んでいたThe Cohortのメンバー、JayAllDayが日本人ラッパーのKohhとLootaに連絡をし、一緒に参加しないかと協力を仰いだ。これにより、Keith ApeとOkasianは日韓コラボという珍しいトラックを作り上げた。Keith Apeは、クルー内でお互いに冗談まじりによく言い合っている『It G Ma』=忘れるな、というフレーズをタイトルに取り上げた。

この曲には「underwater squad(水中分隊)」「killer whales(シャチ)」「orca ninjas(シャチ忍者)」など、たびたび海に関する言葉が使われている。これらはThe Cohort特有のスラングの一部だ。OscarとOkasianは、ペンシルベニア州立大学で生物学を学んでいたとき、ラップを愛する外国人学生同士として知り合った。Oscarは授業でcohort(集団、群れ)について習ったとき、それをクルー名にしようと思いつき、「マイノリティの手本になるようなことを強要されるのではなく、本当にやりたいことだけをやる仲間」を集め始めた。前述のメンバーたちに加えて、The CohortにはOrcawearファッションの監修もしているクルーの共同設立者、KangkookとSwidea、それからプロデューサーのCokejazz、ラッパーのReddyとBryan Cha$e、そしてモデルとしても知られているパク・ソンジンがいる。海に関する言葉が多い理由を尋ねると、Oscarはこう答えた。「僕がとにかくシャチが大好きなんだ。」

Okasianは『It G Ma』について、ほかのThe Cohortの曲と同様に「ファンが喜んでくれればと思って」無料で公開した曲だと語る。ところがOscarは「ビデオを公開する前、韓国で『It G Ma』を初めてライブでパフォーマンスしたんだけど、観客からはロクな反応も得られなかったよ。」と振り返る。そして2015年1月1日、ソウルのイテウォン近くにあるIP Boutique HotelでKeith Apeの友人、JanQuiによって撮影されたミュージックビデオが公開された。

『It G Ma』が登場する前のThe Cohortは、リリースした曲がYouTuneで5万回も再生されればいいほうだった。ところが『It G Ma』はわずが数日でその数字に到達した。 Pigeons & Planes(※Complexが運営する音楽サイト)はこのビデオを早くも1月7日に取り上げ、再生回数は6桁にまで上った。その数週間後の1月23日、The Fader(※アメリカの音楽雑誌)が記事を載せ、次の指標である50万回再生に届いた。Okasianはその数字に対して「韓国では超大物ラッパーだけが達成できる数字。おい、クソ! 俺たちもその仲間入りか!」と思ったという。Noisey(※アメリカのアート系雑誌『VICE』が運営する音楽動画チャンネル)が2月の最初の週に確認した時点で、WorldStar(※アメリカのヒップホップ専門ビデオサイト)でも『It G Ma』が紹介され、再生回数も100万回に迫る勢いだった。韓国語ラップはついにアメリカで牽引できる本物の曲とアーティストを得たのだ。

民族的な誇りの話に戻るが、先に述べたとおり『It G Ma』はリリースされた最初の週に韓国系アメリカ人の間でしきりに拡散された。中でもクリエイティブな分野にいる人間や、ごく少数のプロのラッパーたちの間で特に拡散された。前々からThe Cohortに注目していたラッパーのDanny Chungは、The Cohortのことを「いわゆる『韓流』の一歩先を進んでると思った。韓国にありがちな、人工的に製造されたヒップホップ的振る舞いとは違う。」と話す。Dannyは『It G Ma』のリンクを仲間のDumbfoundeadにチャットで送った。DumbfoundeadはLAをベースに活動をしているベテランラッパーで、KOTD(※カナダで設立されたラップバトルリーグ)でDrakeからお墨付きをもらったラッパーと言えば思い出す人も多いだろう。今回の『It G Ma リミックス』でもクールなヴァースを披露している。

Dumbfoundeadが受けた最初の印象は「ヤバいのが出てきたな! Keith Apeはトラップのアニメキャラ的なものを彷彿させる」というものだったという。「低予算で作ったクールなビデオが、韓国によくある莫大な予算を投じて作ったビデオに対抗できてるのが嬉しいね。」

それと同時に、DumbfoundeadはマネージャーのSean Miyashiroに『It G Ma』を電話越しに聴かせた。SeanはKeith Apeをアメリカに連れてこようと、すぐさま行動に移した。韓国系日本人の血筋であるSeanは「彼らが作り上げた映像も、自分たちの見せ方も、とにかく完璧だと思った。お金も掛けてないのに。Keith Apeにはもっとすごいことができるはずだって確信したんだ。」と話す。

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Seanは3月のSxSWのためにKeith ApeとThe Cohortをアメリカに連れてきたが、その前に『It G Ma』のリミックスの権利についても交渉を済ませておいた。そしてKeith Ape、Okasian、Junior Chefとマネージメント契約もした。さらに私から詳しく説明しよう。SxSWの開催中、Keith Apeのリミックスビデオの可能性があることをDumbfoundeadと韓国ラップのライターであるJaeki Choから電話で聞いた私は、Seanに連絡を取って契約を交わした。これがComplexでこの件を取り扱うことになった経緯だ。韓国人がここアメリカでブレイクするのを見届けたいという思いを共にする、キョポのコネクション(あるいは共謀?)による結果だ。

Keith Apeは今、ネットで拡散されたヒット曲から本物のキャリアを勝ち取るためにチャレンジしている。アメリカの大物ラッパーたちが名を連ねた今回のリミックスは、その最初のステップということだ。

CXSHXNLY Recordsの経営者となったSeanは言う。「最高の音楽を作ることを仮定すると、Keith Apeはアメリカで活躍する韓国人アーティストの中でも、ずば抜けた存在になるはずだ。」と。

彼は本物のアメリカのラップスターになれるだろうか? しかし、我々以外に誰がそんなことを気にするのだろう?

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ここ数週間、私はメディア関係者たちにランダムでメールを送って『It G Ma』について問い合わせてみた。この業界でどのくらい認識されているのか、単純に興味があったのだ。質問はシンプルだ。「IT G MA」という文字の羅列を認識できますか?

以下が受け取った回答だ。

– Sean Fennessey (Grantland): 分かりません。

– Peter Rosenberg (Hot 97):いいえ。

– B.Dot Miller (Rap Radar):いや、初めて見ました。

– Jeff Rosenthal (ItsTheReal):『It G Ma』が曲だということは知ってます。でもどういう意味なのかは知りません。

– Jensen Karp (Get Up On This podcast):ああクソ! 知ってるよ!! アジア人のKeith Apeのラップソングだ。New York Timesのライターのジョン・カラマニカがこのことについて書いてて、それで知ったんだ。

– Rondell Conway (BET.com):さあ? 若者たちのスラングですか? It’s all good ma…とか?

– Cipha Sounds:アジア人のトラップ・ソングだってことだけ知ってます。

– Dart Parker (Shady Records):え?

8人中3人が知っていた。私が期待していたよりも少なかった。Keith Apeが誰であり、どうなっていくのかということは、我々にとっては重要なことだ。私はこれまで数えきれないほど『It G Ma』について会話を交わしてきた。我々韓国系アメリカ人にとって、韓国人の部分とアメリカ人の部分の両方を満たすほどのエンターテインメントがこれまで欠乏していたことを実感する。我々は『It G Ma』のようなものを、Keith Apeのような存在を待ちわびていたのだ。韓国の音楽やアーティストが、隔離されたK-POPのプレイリストから逃げ出せるようなものを。アメリカの人口のうち、99.4%は韓国系ではない。彼らはKeith Apeが何をしようが別に気にしない。だからこのような小さな成功は、我々にとっては重要なのではないだろうか。Keith Apeが本当にスターになり、彼らにとっても貴重な存在になってくれることが。

『It G Ma リミックス』によって、恐らく今後はより多くの人がKeith Apeのことを知り(ついでにDumbdoundeadのことも)Keith Apeのアメリカでのキャリアも形を成していくだろう。彼の次のビッグ・プロジェクトは、808 Mafiaのメンバーであり、人気曲『Future』を手掛けたSouthsideの完全プロデュースによるEPだ。Southsideとは、ビデオの撮影現場でWakaを通して知り合ったそうだ。まだ極秘だが、Keith Apeのアメリカでのコラボレーションはいくつか準備中だ。

ヒップホップの門番たちが気づかないうちに教えよう。2015年は、エリートの仲間入りをしたい場合のみ彼らの意見に従えばいい。ここで言うエリートとはつまり、Keith Apeが現在の目標として掲げたリストには載っていないものだ。彼が韓国語でスラスラと書き上げたそのリストには、「アメリカで落ち着く、音楽を続ける、残りのThe Cohortのメンバーをアメリカに連れてくる、有名になる、お金を稼ぐ、健康に暮らす」という順で書いてあった。どれも達成可能な夢ばかりだ。

『It G Ma』がKeith Apeの成功のピークとなるか、それともこの先続く長いキャリアの単なる足掛かりとなるかどうかは、もはや「我々」や「彼ら」に委ねられたものではない。Keith Ape自身の実力が、物珍しいラッパーと本物のアーティストを隔てる境目をうまく舵取りしていけるかどうかだ。その旅で彼は多くの訪問をするだろう。アトランタからスウェーデン、そして世界各地へ。我々は何を望んでもいい。しかし彼はヒット曲と目標を掲げたわずか21歳の若者だ。外部の人間からの期待や、他者の過去の失敗の身代わりにはなれない。

Keith Apeは自身のここまでの成功について「誰でも若いうちは無我夢中になる。」と語った。「僕は無我夢中に取り組んでいるんだ。僕はまだ若い。そして韓国人だ。」忘れるな。

出所:Complex (2015-07-30)
日本語訳:Sakiko Torii


Sakiko Torii
About Sakiko Torii
BLOOMINT MUSICの運営者である鳥居咲子は、幼少期よりピアノと音楽理論を学び、ロンドンに音楽留学をした。現在は音楽記事の執筆、ライブ主催、楽曲リリースのコーディネート、メディア出演など、韓国ヒップホップに関する様々な活動を展開している。著書に『ヒップホップコリア』。音楽以外に関するネタを集めた趣味ブログ『BLOOMINT DIARY』も運営中。別名ヴィヴィアン。
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