The Anecdoteの再構成 by RHYTHMER

Written By Sakiko Torii

ラッパーE SENSのアルバム『The Anecdote』がお蔵入りの危機を乗り越え、なんとかリリースの方向で動いているようです。これまでの経緯については下記リンク先よりを上から順に、過去記事をご参照いただければと思います。

そしてこのたび、韓国のブラックミュージック専門サイトRHYTHMERの編集長であるカン・イルグォンさんが『The Anecdote』を聴いたということで、RHYTHMERでこの話題が取り上げられました。カン・イルグォンさんとは、当サイトで最も読まれている記事『サンプリングを語る』の原文を書かれた方です。

今回RHYTHMERに掲載された『The Anecdote』に関する記事を翻訳しましたので、ファンの皆様はぜひご一読ください。記事内に「今年必ずリリース」と書いてありますので、私もリリースを信じて待ちたいと思います。

 


 

『The Anecdote』の再構成

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今年4月、E SENSが大麻喫煙の疑いで拘束されたというニュースが伝えられ、多くのヒップホップファンは絶望し、恨んだ。今か今かとリリースされる日を待ち続け、そして間もなく手に取ることができると思っていた彼のアルバム『The Anecdote』が再び遠ざかったからだ。それだけヒップホップファンが今回の事件においてE SENSを恨んだのは、大麻を吸ったという事実自体よりも、アルバムを待ち焦がれてきたファンたちの期待を裏切ったと考えたからである。

不幸中の幸いなのは、事件が起きる前にすでにアルバムがすべて完成していたという点である。したがって、希望を完全に捨てるのはまだ早い。いつでもプレスさえすればいいだけの状況であり、レーベル側も『The Anecdote』を「伝説のアルバム」にしないよう絶えず努力している。カギは「時期」ではないかと思う。

韓国ヒップホップシーンでトップの座を争う実力を持った数少ないラッパー、E SENS。その彼が紆余曲折を経て、ついに完成させた初のソロアルバム。ヒップホップ・ファンたちの期待と好奇心が高まるのは、極めて当然のことであろう。我々も『The Anecdote』が気になって仕方なく、ひょっとしたら韓国の『Detox』になるのではないかと恐れている。そこで我々は、これまで投げかけられたいくつかのネタを集め、直接取材した内容に基づいてアルバムの再構築を通じ、果たしてどのような音楽が詰まった作品になるかを予想してみた。

※Detox:アメリカの伝説的プロデューサー、Dr. Dreの『Detox』というアルバムが、2004年からずっと発売延期を繰り返し続けている

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これまで投げかけられた3つのネタ

最初のネタは、2014年9月26日、DJ Soulscapeが進行するSBSパワーFM(107.7MHz)の『アフタークラブ』で出てきた。この日、番組ではアルバムの先行シングル『Back In Time』を初公開し、曲を作ったデンマークのプロデューサー、Obi Kleinによる制作秘話も紹介した。特に注目を集めたの​​は、アルバムに関するE SENSからの短い紹介文だ。

“ヒップホップシーン、あるいはラップゲームから離れたものを表現したかった。そのような意図を最もよく表わしているトラックが『Back In Time』だ”

この言葉から、『The Anecdote』全体を通したテーマと歌詞の目指すところが推測できる。「ヒップホップシーン、あるいはラップゲームから離れたものを表現したかった」というのが核心である。放送後、これをプロダクションの側面だと捉える声もあったが、それよりもラップのコンテンツに関する話だと見るのが正しい。現在の韓国ヒップホップの歌詞の90%以上を占めていると言っても過言ではないのが「(俺が最高、お前は底辺)SWAG」と「ジャンルあるいはシーンに関する議論」だ。そしてそれらとは違い、徹底的に一人称の視点でE SENSの生活や考え方を述べていくのである。アルバムのタイトルである「Anecdote」の意味が「個人的な逸話」という点、『Back In Time』がそのような意図を最もよく表わしているトラックだとされている点、そして2つ目の(そして最も有名な)ネタであるDeepflowの発言などが、これをより確実に後押ししている。

2014年に『The Anecdote』を聴いたDeepflowは、このアルバムのことを「韓国のIllmatic」と評した。Nasのデビュー作である『Illmatic』が、ヒップホップ史上「最高のアルバム」と称賛されている決定的な理由は、驚くべきラップとリリシズムである。複雑な構造で設計されたライムと前例のないリズム感のフローが感心を引き寄せ、何よりも曲ごとに込められたひとつひとつのストーリーが、Nasの伝記のように有機的に重なって巨大な叙事を形成する素晴らしい光景を演出した。そしてこれらのNasの歌詞は、その後のラップ・ミュージックに多大なる影響を与えた。Deepflowがプロダクションの側面ではなく、歌詞的な側面を説明するために『Illmatic』に例えたということは、今年4月に公開されたHIPHOPPLAYAでのインタビューからもうかがい知ることができる。

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Deepflowのインスタグラムより
翻訳:たった今The Anecdoteを全部聴いた。ついに韓国のIllmaticが出たと見ていいでしょう。

 

“今までこんな感じの壮大な構造だとか、ひとりのMCがこういった典型的な面をすべて脱皮したまま引きずり出したアルバムはまったくなかったと感じたので、このアルバムをすべて聴き終わったあとには『Illmatic』が思い浮かぶほかなかった。もちろん『Illmatic』が象徴しているいくつかのポイントとは厳として異なるが、僕の言っているポイントは象徴だ”

“センスのデビューアルバム『The Anecdote』が『Illmatic』のような役割になるだろうと思った。パラダイムを変えるということだ”

“僕の『ヤンファ』とセンスの『The Anecdote』、この2つのアルバムの歌詞には似たような部分がかなり多かった。全体的な流れもそうだし、ある曲に至っては、実際にセンスが僕を訪ねてきて「兄さん、正直これは僕の歌詞を見てから書いたでしょ?(笑)」と言ったエピソードがあるほどだ。まあ、そのときはもちろん僕が歌詞を書いた日付を見せたけど。「2013年」って(笑)だけどその曲に関しては、本当に例える方法や解いていく方法が完全に似ていた”

 

* * * * *

 

特にDeepflowは「自分自身の話が重点にならなければならない」という部分で、彼のアルバム『ヤンファ』と「同類」という印象を受けたが、「話法」が大きく異なることによって違いが出ていると話した。ご存知のとおり『ヤンファ』は徹底的にDeepflowの生活を中心に展開させている作品だ。ところが「ラインが有機的につながるストーリーテリング」に注力したDeepflowの伝達方式に比べ、『Back In Time』をはじめとする無料公開の曲を通して露見した「断片的なラインが集まって叙事を形成している」E SENSの伝達方式は、明らかに異なる。

我々RHYTHMERは、今年4月、SNSに「Anecdoteの収録曲を聴いた」と書いて3つ目のネタを投下した本紙の編集長カン・イルグォンに、より具体的な話を聞いてみた。彼が聴いたと明かした曲は全部で3曲。

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どのような経緯で聴いたのか?

E SENSが所属するレーベル、Beasts and Natives(以下、BANA)の代表と会ったとき、あれこれ話を交わしているうちに自然と聴くことになった。

 

3曲聴いたと言ったが、どんな曲だったのか教えてほしい

曲名は分からないが、タイトル曲の2曲と、アルバムの中で最も「大衆的」という曲を聴いてみた。かすかな記憶を思い返してみると、ひとまずタイトル曲のひとつは全体的なムードとして軽く『毒』を連想させたが、明らかに二番煎じのレベルではなかった。ラップと歌詞がより落ち着いて洗練されていたが、深い後味を残した。ほかのタイトル曲はとてもRawなビートで、初めて聴いた瞬間「本当に音源チャートや大衆の反応など気にせずに作ったんだ……」と思った。もちろん肯定的な意味でだ (笑) いずれにせよ、E SENSという名前はある程度担保されているので、多くの人がクリックして素晴らしいヒップホップに触れることになるだろう。次に、最も大衆的だという曲。私はこの曲を聴いて、改めて「E SENSとBANA側は本当に音源チャートや大衆の反応など気にせず作ったんだ・・・…」と感じた(笑)なぜその曲が最も大衆的だというのかは、曲が始まるや否や分かった。まずループがメロディックで中毒的なのだ。ただ、メロディックではあるのだが、ヒップホップを楽しんで聴いてきたわけではない一般大衆にとってはどうなのか分からない。90年代初頭や中盤のイーストコースト・ヒップホップシーンに出てきたメロディックなループのヒップホップを覚えている人なら、ビートだけで胸がキュンとするほどの曲ではないかと思う。ああ、先日『RAPBEAT SHOW』で公開された『The Anecdote』の関連映像に、この曲がちょっとだけ出てくる。まだループが頭の中でグルグル回っている。とにかく重要なのは、3曲とも非常に印象的だったということだ。

 

もっと聴いてみる機会はなかったのか?

全曲を聴くこともできたが、断わった。アルバムがリリースされたとき、自宅のCDプレーヤーでじっくりと吟味して聴きたかったからだ。頭と心の中で​​は「ああ、もう1曲だけ聴こう」という思いで揺らいたが、辛うじて我慢した。むしろ1曲も聴いてなかったときはそうでもなかったが、聴いたら気になって仕方ない。

 

普段は正式文書以外で韓国ヒップホップのアルバムについて言葉を控えているのに、今回は「傑作が出たと言えるだろう」と述べた。たったの3曲でこのような判断をしたのはちょっと安直ではないかと思うが、根拠は何か?

当然のことながら完成版が出なければ分からないとも言えるのだが、すでに公開されている『Back In Time』をはじめ、聴いてみたその他の3曲の完成度、そしてそれらの曲を通して相変わらず優れているE SENSのラッパーとしての才能を見て、良い作品ができたんだと強く感じた。今の状況で全体的な完成度がどうとか話すのは不適切かもしれないが、これだけは確実に言えると思う。昔から我々が彼に聞いてみたかったこと、正確には、Supreme Teamとしてメジャーに進出する前、ぜひとも1枚出してくれたらと願っていたアルバムだと言える。

 

* * * * *

 

以上のネタを整理してみたら、アルバムに対して気になることが増していった。そしてどこよりも多くの情報を掘り出す方法を探っていたところ、ありがたいことに『Back In Time』を作ったプロデューサーのObiが来韓するというニュースを聞き、インタビューすることができた。彼は『The Anecdote』で数曲を手掛けたことで知られている。

デンマーク出身のプロデューサーObiは、今は様々なアメリカの人気歌手たちと作業を続けている制作チーム「Deekay」のメンバーとして活動している。しかし彼は90年代初頭にYBという名前のラッパーとしてキャリアをスタートさせ、アルバムも発表した。それくらいヒップホップに根幹を置いたミュージシャンである。そんなObiにとって、E SENSとの作業は格別だったという。十数年ぶりに自身の愛する完全なヒップホップアルバムの作業をしたからである。6月11日、彼とおこなったインタビューの中で『The Anecdote』に関する詳細をいくつか尋ねた。

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『The Anecdote』に参加して注力した部分は?

僕はヒップホップとしてキャリアをスタートしたが、しばらくの間はR&Bばかり作ってきた。だからE SENSと作業をすることが決まったあと、試験的に3曲を作って聴かせたのだが、彼は丁重に「違う」と言って断わってきた。そのときになって、僕は自分自身が(E SENSが聴きたいと願っている)90年代の初期に戻らなければならないと決心した。様々な点を考慮して作ったすべての曲を捨てて、昔の僕がヒップホップで感じたものを再び見つけようと努力した。E SENSのおかげで僕にとっても大きなチャレンジとなって楽しかった。言語的には完璧でなかったが、音楽的な部分では十分に意思疎通することができた。その甲斐あって、初めてのセッションで『Back In Time』と『Sh All Day』ができるほど成功した。E SENSと作業をして、90年代のヒップホップのオーラに再び出会うことができて、どれだけ嬉しかったか分からない。

 

プロダクション面でのキーワードは90年代のヒップホップサウンド?

僕は93年から95年までのヒップホップシーンが一番優れていたと思っている。Wu-Tang ClanやNasなど名盤がたくさん出てきた時期だ。そしてまさにその3年間こそが、僕とE SENSが『The Anecdote』を制作する上で最も大きなインスピレーションとなった時期とも言える。僕よりもかなり若いE SENSが当時を覚えていて、僕と似た感覚を持っていることに驚いた。

 

* * * * *

 

以上の内容を総括すると、『The Anecdote』は

  1. 音源チャートや商業的な反響を狙った企画型の曲がなく
  2. 90年代のヒップホップ黄金期に影響を受けたサウンドで仕上げたビート上に
  3. 徹底的にE SENS個人としての話を込めて叙事を成している
  4. 我々が昔からE SENSが出してくれることを望んでいたスタイルの

アルバムになりそうだ。もちろん、実際どのような音楽で構成されたアルバムなのかは、結果が出てから分かることなのだが……。

さて、それでは果たして『The Anecdote』はヒップホップのファンが懸念するように、韓国版『Detox』となるのかという話だ。今後どのようになるのか、誰も100%の保証をすることはできない。それでも我々は取材を通じて把握した状況に基づいて、皆さんにこの言葉を伝える。『The Anecdote』は、今年必ずリリースされるようだ。また、それほど遠くない時期にだ。

出所:RHYTHMER(2015-06-30)
日本語訳:Sakiko Torii

 


 

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