Column | Crucial Starとジャズの関連性


Crucial Starの音楽性

あくまでも個人的主観ですが、ラッパーCrucial Starの音楽的なクオリティは、韓国ヒップホップ・シーンで5本の指に入るのではないかと思っています。ラップスキルは特別高くもないし、声に特別個性もないですが、楽曲の完成度は間違いなくトップクラスです。そしてファルセットをきかせたボーカルも美しい。彼のラップはスキルで勝負するようなものではなく、サラリと聴き流せる心地良さがとても良いと思います。緻密に作り込まれたサウンドに、歌とラップが気負わずサラリと乗っているところがバランス良く、楽曲全体の完成度が高いと感じます。

とはいえ、彼ひとりで楽曲を作っているのではありません。彼の音楽の完成度の高さは、G-Slow、Doplamingo、GRAY、TK、Jay Kidman、5mgなどのプロデューサーたちによる功績が大きいわけですが、それでもCrucial Star自身、楽曲制作だけでなくアートワークや写真撮影などのすべてのアルバム制作の工程を指揮していて、彼ならではの芸術的センスがアルバムに多く込められているのだと思います。

Crucial Starの音楽性の特徴として最も大きく挙げられるのが、ジャズの影響です。こてこてな2ビートの曲があったり、ジャズピアノが奏でられたりと、ジャズっぽいとかジャジーとかではなく、完全なるジャズな音を楽しむことができるのが大きな魅力です。ジャズ界の巨匠、ボブ・ジェームスがピアノで参加している曲もありますし、アルバムのインタールードとしてジャズピアノチューンを挟み込んだりもしています。

 

ジャズとヒップホップの融合

ところで巷にはジャジー・ヒップホップと呼ばれるジャンルがあります。でも、実は全然ジャズとは関係ない楽曲が多いのです。シャッフル(付点音符のリズム)が使われていて、なんとなくジャジーな感じがするかも? 程度のジャズ度な曲も少なくありません。ジャズを理解している人が聴いたら、微塵もジャジーじゃない曲もあるのですが、普段ジャズを聴かない方にはジャジーに感じるようです。つまり、ジャジー・ヒップホップとは「ジャズとヒップホップが融合したもの」ではなく、「ジャズのようなフィーリングがあるヒップホップ」だと言えます。

ところがジャジー・ヒップホップには、もうひとつのパターンもあります。それは、ジャズをそのまま使っているものです。ジャズをサンプリングするなどして、そのままジャズに乗せてラップしているものです。元ネタがジャズなので、聴けば当然ジャジーです。以上は私の思うジャジー・ヒップホップ論ですので、あくまで私個人の考え方(感じ方)であり、音楽理論として正解というものではありません。

そして、そういったジャジー・ヒップホップとはまったく別のラインとして、近年、世界的にジャズとヒップホップのクロスオーヴァーが盛んになっています。特にRobert Glasper(ロバート・グラスパー)というジャズ・ミュージシャンは、ジャズとヒップホップの融合に多大なる貢献をしました。シンガーのJosé James(ホセ・ジェイムズ)も同じラインに位置づけられていますが、特にロバート・グラスパーはジャズの中にヒップホップを巧みに融合させ、ジャズに新しい息を吹き込んだ人だと言えます。具体的にどのように融合させたかというと、ドラムのリズムパターンがヒップホップのブレイクビーツに倣っているということでしょうか。グラスパー自身のピアノプレイも、サンプリング感を表現しています。

最近ニューアルバム『To Pimp A Butterfly』をリリースしたKendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)も、ヒップホップにジャズやファンクを融合させています。このアルバムがまた大変な名盤でして、発売するや否や「世紀の名盤」「新時代のクラシック(※ヒップホップでは最高傑作のことを、時代を超えても愛されるという意味からクラシックと呼ぶ)」などと称されています。韓国の有名なラッパーたちも、こぞってSNSで大絶賛のコメントを表していますね。

ケンドリックのアルバムは、ジャンルとしてはヒップホップにカテゴライズされていますが、曲によっては完全なるジャズです。そしてサウンドだけでなくラップスタイルまで斬新で、一言で言うと「ヤバイやつ出ちゃった」って感じです。そして特筆すべきは、このアルバムにはロバート・グラスパーも参加していること。グラスパーとケンドリックがコラボしたんだから、傑作ができて当たり前ってやつです。6月にリリースされるグラスパーのニューアルバムにもケンドリックがフィーチャリングしているそうで、楽しみですね。


Robert Glasper – Black Radio


José James – While You Were Sleeping


Kendrick Lamar – To Pimp a Butterfly

 

Crucial Starとジャズの関連性

さて、本題であるCrucial Starの話に戻ります。彼もケンドリック同様、ヒップホップにジャズの要素を取り込んでいます。ケンドリックはファンク、ソウル、フュージョンなども巧みに融合させていますが、Crucial Starはもう少し純粋にジャズ寄りですね。もちろんジャズとは関係ないスタイルの楽曲もたくさんあります。いずれにせよ、ケンドリックのような複雑さはなく、より大衆に寄っていて聴きやすいのではないかと思います。

Primary、Zion.T、CrushなどのAmoeba Culture陣営を代表とするように、ネオソウルやファンクなどのサウンドは、以前から韓国ヒップホップにも多く見られます。しかしCrucial Starのように、純粋なジャズを感じさせるアーティストは、なかなかいないのではないでしょうか。Kuma Parkは、初めからヒップホップではなくジャズバンドに位置づけられるような気がしますし。そういえばPeejayが作ったBeenzinoの『Dali, Van, Picasso』は、Chet Baker(チェット・ベイカー)の曲をサンプリングしていますね。あれは上述した、ジャジー・ヒップホップの2つ目のパターンに当たるのではないかと思います。

Crucial Starとジャズの関連性については以前から感じていたことではあるのですが、彼自身がジャズに傾倒していることを改めて感じさせられた曲があります。2013年にリリースしたミックステープ『Mixtape – Drawing #2: A Better Man』に収録されている『소주 반 병(焼酎ハーフボトル)』という曲です。タイトルからは酒呑みの陽気な歌を想像してしまいそうですが、過去を悔いて眠れない夜に焼酎をハーフボトル飲むという渋い内容です。

なんとこの曲の最後には、私が愛してやまないBill Evans(ビル・エヴァンス)の『My Foolish Heart』が流れるのです。『소주 반 병(焼酎ハーフボトル)』自体は、カナダのR&B歌手アンドリーナ・ミルの『Real Love』という曲を丸々サンプリングして作られています。ジャズはまったく感じられないビートですので、ここまで長々と書いてきたジャズとヒップホップの関連性というトピックは一体何だったんだと突っ込まれそうですが、最後の最後にジャズが流れるのです。

『My Foolish Heart』という曲は、1949年の発表以降、数えきれないほど多くのシンガーやジャズ・ミュージシャンたちにカバーされてきていますが、私にとっては、やはりビル・エヴァンスのアルバム『Waltz for Debby』に収録されているバージョンがNo.1です。そしてCrucial Starが『소주 반 병(焼酎ハーフボトル)』で取り入れてるのが、まさにこのバージョンなのです。


Bill Evans – Waltz for Debby

 

ところで以前、ビル・エヴァンスについて簡単にまとめた記事を書いたことがあります。ご興味のある方は、ぜひ読んでみてください。また、ニューヨークにあるビル・エヴァンスゆかりのジャズクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」に行ったときのレポートも別ブログに書いてあります。アルバム『Waltz for Debby』は、ヴィレッジ・ヴァンガードで1961年に録音されたものなんです。

 

そしてこちらがCrucial Starの『소주 반 병(焼酎ハーフボトル)』です。『My Foolish Heart』は、4:00あたりから流れます。

『소주 반 병(焼酎ハーフボトル)』が収録されているミックステープ『Mixtape – Drawing #2: A Better Man』は、Crucial Starの所属レーベルであるGrandline Entertainmentの公式YouTubeチャンネルで、全曲無料公開されています。

Grandline Entertainment – Crucial Star Mixtape

こちらのミックステープよりも、2014年にリリースされた『Midnight』というアルバムのほうを個人的にはお勧めします。タイトル曲の『꿈을 파는 가게(夢を売る店)』という曲には、上述の通り、巨匠ボブ・ジェームスがピアノで参加しています。『바쁜 남자 (Busy Man) 』 という曲はまさかの2ビートですし、『Paris』や『Pretty Girl』などフュージョン系の楽曲や、『Same Boy』という8分の6拍子のメロウチューンも楽しめます。一方、『Fire』という曲には「C.R.E.A.M」というパンチラインが入っていてヒップホップ色が強く、非常に色彩豊かで何度聴いても飽きのこないアルバムです。

近年、あらゆる音楽ジャンルのクロスオーヴァーが進んできている中で、ジャズとヒップホップの融合というのが今一番おもしろいことになっていると思います。ケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』の影響で、アメリカではますますその傾向が強くなっていくと思われますが、韓国ではどのくらいのアーティストたちがこの流れに乗るのか注目したいところです。特にCrucial Starはこれまでもジャズを惜しみなく取り入れてきているので、ここからどう膨らませていってくれるのか期待しています。

 


 

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Sakiko Torii
About Sakiko Torii
BLOOMINT MUSICの運営者。イギリスでの音楽留学経験を生かした音楽的に深みのある記事が売り。独自スタイルのライブ企画、楽曲リリースのコーディネート、ライター活動、各種メディア出演など、韓国ヒップホップにおいて多方面に活躍中。著書に『ヒップホップコリア』。別名ヴィヴィアン。
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