Column | Fiona Apple


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数多くの音楽を愛聴している私ですが、中でも特別大好きなアーティストというのが何人かいます。特に思春期や青春時代に夢中になったアーティストって、人格形成の上で大きな影響を受けていたりしますよね。そんな風に私が影響を受けたアーティストの中の一人、Fiona Apple(フィオナ・アップル)の紹介を今回はしたいと思います。

1977年、音楽一家のもとに生まれたFiona Appleは、11歳の頃にレイプ被害に遭ったそうなのですが、彼女自身はこの件について「恥じることではない」として躊躇なく語っています。でも、私はそういう部分をかっこいいとか立派だとは思えないというか、逆に心配になってしまいます。基本的にいろいろと病んでる人だし。

友達を通してデモテープがレコード会社に渡り、それを聴いたプロデューサーが「今までの人生で聴いてきたどの作曲家よりも才能があると思った」と惚れ込み、19歳でデビューを果たしました。そしてデビューするや否や、MTVアワードもグラミー賞も受賞するという快挙を遂げました。だけどMTVで新人賞を受賞した際、「この業界は腐りきっている。業界に合わせて自分の生き方を変えようとは思わない」とコメントし、以降マスコミからバッシングを受け続けることとなります。

2枚目のアルバムと3枚目のアルバムの間には6年のブランクが空き、3枚目と4枚目の間には7年のブランクが空きました。デビューから16年の間でリリースしたアルバムは、たったの4枚。自分のやりたい音楽を追求させてもらえないことを理由に、レコード会社と揉めてリリースが流れてしまったこともあります(そのアルバムは、実は完成度に納得がいかなかったFiona Apple自身がリリースを取りやめたという説もありますが)。

 


 

まずは1996年にリリースされたデビューアルバム『Tidal』から一曲ご紹介したいと思います。『Never Is A Promise』という曲です。ちなみにこのアルバムは、2008年にアメリカで「過去25年にリリースされた最高のアルバム」の20位に選ばれました。

この曲は15歳の時に作ったそうです。15歳にしてこの歌詞ですよ。見てください。

私の勇気は、あなたには決して見えない。私があなたのように輝くことはない。光の中から情景が浮かび上がるように、陰影が私の中でうねりをあげる。そして私の感性は、より高いところから広がり、伸びていく。あなたは私のことが分かると言うけど、何も分かってない。私の中で燃え上がるこの熱い魂を、あなたが感じることはない。

感受性が強すぎて、つらい思春期だっただろうと思います。こんな素晴らしい楽曲を作って、一人で悶々と過ごしていたのでしょうか。ミュージックビデオが撮影されたのはデビューした19歳の時ですが、その表情からは幼い少女の抱える絶望感が伝わってくるようで観るたびに胸が苦しくなってしまいます。今は30代後半になって性格も若干丸くなり、表情も明るくなったし、ガリガリだった体型も少し筋肉がついて健康的になりました。でもトラブルメーカーな点は相変わらずで、最近もいろいろやらかしてますが(苦笑)

ちなみにこの曲、Fiona Appleに相当影響を受けたというアンジェラ・アキさんが日本語でカバーしています。アンジェラ・アキさんはBen Foldsの影響も受けているのですが、私もBen Foldsの大ファンなので、音楽の好みが似てるんでしょうね。アンジェラ・アキさんは、今年の2月に東京で行われたBen Folds Fiveのコンサートにゲスト出演もしました。その公演のレポも書きましたので、ご興味のある方はぜひご覧ください → Report | Ben Folds Five 再結成ツアー2013 (2/2)

そして椎名林檎さんもFiona Appleのファンだそうで、諸説あるようですが林檎という芸名はFiona AppleのAppleから取ったという噂もあります。Ringo Starrから取ったという説のほうが有力らしいけど。どちらも間違ってるかもしれないし、これは話半分に聞いておいてください。

 


 

続いてはセカンドアルバムからお気に入りの曲をご紹介したいと思います。ところでこのアルバム、タイトルが尋常じゃなく長いんですよ。

When the pawn hits the conflicts he thinks like a king
What he knows throws the blows when he goes to the fight
And he’ll win the whole thing ‘fore he enters the ring
There’s no body to batter when your mind is your might
So when you go solo, you hold your own hand
And remember that depth is the greatest of heights
And if you know where you stand, then you know where to land
And if you fall it won’t matter, cause you’ll know that you’re right

というタイトルです。なので最初のほうの単語だけにして『When the pawn…』と記されていることが多いです。日本盤のタイトルは『真実』だったかな? こういう長いタイトルをつけちゃうところが「変人芸術家」だってマスコミに叩かれてしまう理由のひとつでもあります。「変人芸術家」で何が悪いのかって話ですけどね。

では、まずは電子音が魅力的な『A Mistake』をご紹介します。

Fiona Appleの音楽性はもちろんエレクトロとは程遠いものだけど、電子音を使う時はこれだけガッツリ使うという潔さ。だけどFiona Appleらしいジャジーなサウンドはそのままで、とても効果的に電子音を取り入れてるところが個人的にツボなのです。曲名の『A Mistake』は「失敗」という意味ですが、Fiona Appleらしい反骨精神あふれる歌詞がまたステキなんです。

私は今から失敗する。わざと失敗する。自分の時間を無駄にする。走るなって言われたって走る。だって楽しみたいから。だから私は今からすべてを台無しにする。遠回りする。自分の進むべき道を崩す。だいたい意味を通じさせたいってのに、なに私のこと見てるの? 私、数学が苦手なんだけど。私は失敗がしたい。なんで失敗しちゃダメなの? 

って感じの歌詞です。私はこの曲の歌詞の中の「意味を通じさせたいってのに、なに私のこと見てるの? 私、数学が苦手なんだけど」という部分が大好きなんです。とてもオリジナリティに溢れる粋な表現だと思います。ちなみに「数学」という意味の「Math」ですが、その前の「Unpave my path(自分の進むべき道を崩す)」の「Path(道)」と韻を踏んでいます。

 


 

続いては、ブラスの音が印象的な『Paper Bag』をご紹介します。こちらもセカンドアルバムに収録されている曲です。

冒頭からピアノが奏でるトリッキーなコードも最高ですが、エンディングのホルンの演奏がまたかっこよくて、ここだけ何度も何度もリピートしちゃいます。

Fiona Appleは、普通のアーティストがあまり使わないマリンバの音を好んでよく使ったり、基本的に曲構成も楽器編成もスタンダードなスタイルで作り上げるんだけど、歌詞のメロディへの乗せ方が型破りなので斬新に聴こえるんですよね。歌詞自体も比喩的表現が卓越していて、読むたびに新しい発見があるところもFiona Appleの魅力です。自分の中に無かった新しい感情を芽生えさせてくれることさえあります。この曲の場合でも、

空を見上げていた。ちょっと星を探していただけ。祈るためだったり、願いごとをするためだったり、まあそんな感じ。

って出だしの歌詞とかオシャレじゃないですか? 「まあそんな感じ」でそのラインを終わらせるなんて、斬新ですよね。「空を見上げて星を探す」というセンチメンタルな行動のわりには、「まあそんな感じ」と、どこか投げやりになってる気分も伝わってきます。そしてこのあと、

男性に対して甘い幻想を抱いていたけど、現実は絶望的だった。でもその時、希望の鳩が下りてくるのが見えて、私にもチャンスが訪れたんだって一瞬信じた。だけどそれが目の前まで来た時、ガッカリした。鳥だと思ったのは、ただの紙袋だった。

と続きます。紙袋。この曲のタイトルである「Paper Bag」ですね。なんて絶望的な表現なんでしょうか。自分に訪れたと思ったチャンスはただの勘違いだったと。そして

彼は「もう行かなくちゃ」って言ったあと、唇を重ねてくれなかった。キスをしそびれたのは、向き合うことをしそびれたのと同じ。私は「ねぇ、なんだか気分が悪い。弁解はしないで。ただ私のこの虚しい気持ちに、ちょっとだけ愛を注いでみて」って言った。すると彼は「全部君の思い込みだよ」って言った。だから私は「あらゆることがそうでしょ」って言った。でも彼は理解してくれなかった。彼は大人の男だと思ってたけど、まだお子様だったんだ。

ここなんてもう難しすぎて、「彼」と同様にうまく理解できない私も大人の女ではなく、まだお子様なのかなって思ってしまいます。歌詞の内容自体も奥が深いですが、それ以前にポエムではなくて小説の文章(会話)のようになっているところが特徴的ですよね。それからサビの歌詞がまたいいのですが、

飢えることは苦しい。彼が欲しくて仕方ない。ああ、辛い。私なんて彼が片付けたくもないほど散らかってる状態のような面倒くさい女だし。降参しないとね。だってもう、私の手は震えて握れないから。飢えることは苦しいけど、餓死するのも悪くない。愛することの負担が大きすぎるのであれば。

つまり彼のことを飢えるほど求めてはいるけど、愛することの負担があまりに大きいのであれば、餓死したほうがまだマシだと。祈るために星を探したり、紙袋を見て希望の鳩だと勘違いしたり、疲れちゃったって感じですかね。紙袋の件は実際に紙袋を見たわけではなく、「鳩」=「彼のことを素敵な大人の男性だと思い込んでいた幻想」、「紙袋」=「ただのお子様だったという現実」、という意味の比喩かもしれませんが。

ミュージックビデオの中で、Fiona Appleと一緒に踊っているのも幼い少年たちですね。大人の男だと思ってたけど、ただの少年だった。男性に幻想を抱いていたけど、現実は絶望的だった。そんな幼い少年を置いてFiona Appleが去るところでビデオは終了します。

 


 

続いて3枚目と4枚目のアルバムの紹介をしようかと思ったのですが、自分の中で大切とも言える曲がないのですよね。長い年月を経てリリースしたアルバムは、少し大人になって精神的に安定したFiona Appleが感じられて、それはそれでいいのですが、やはり1枚目と2枚目に感じられる絶望や苦しみの世界が好きなのですよね。

なんだか私が暗い人間みたいに思われそうですが、基本的に暗くて絶望的な音楽が好きなのは事実です。私がこの世で一番嫌いな音楽は前向きな応援ソングですし。1枚目と2枚目だったら他にも紹介したい曲がまだまだたくさんあります。特に『Slow Like Honey』『Get Gone』『I Know』あたりが好きなので、良かったらアルバムを聴いてみてください。

あ、でも3枚目もなかなか名盤ですよ! なんだかんだでリリース当時は鬼リピしてました。だけど去年出た4枚目は、ちょっとサウンドがマニアックすぎて……。たぶん聴き込んだらすごくいいんだと思うんだけど、まだ聴き込むに至ってないという状況です。なので、もし聴き込んだら「今までで一番好きな作品!」とか言うのかもしれない。

ところでアルバムには収録されてないけど、Fiona AppleはTim Burton(ティム・バートン)のアニメ『ナイトメア・ビフォー・クリスマス』のキャラクターであるサリーのテーマソングも歌っています。これは映画の中で使われたのではなく、このアニメの曲をいろんなアーティストが歌うという企画アルバムに参加したものだったと記憶しています。

私の大好きなEvanescenceのAmy Leeも同じ曲を歌っていて、世界中の人たちからどちらがいいかと議論のネタにされてきていますが、どちらのバージョンも本当に素敵で甲乙つけられません。どちらも自分の音楽性や持ち味(Fiona Appleはジャズやリズム、Amy Leeはクラシックやゴシック感)を最大限に生かしていて、私は両方とも同じくらい大好きです。

 

Fiona Apple – Sally’s Song

 

Amy Lee – Sally’s Song

 


 

最後にもう一曲だけご紹介させてください。この曲もアルバムには収録されてないけど、Fiona Appleの歌うこてこてのジャズです。ジャズは敷居が高いと感じてる人が多いようだけど、これほど心の洗われる感覚に陥る音楽ってなかなか無いんじゃないかと思うんですよね。別記事でご紹介したBill Evans(ビル・エヴァンス)とかだと、人によっては本格的すぎるって思うのかもしれないけど。これまた別記事でご紹介したMichael Bublé(マイケル・ブーブレ)とかFiona Appleが歌ってるジャズだったら、誰でもすんなり聴けるんじゃないかしら。

ピアノを基調としたスタンダードジャズって、聴いてると天に向かって心が真っ直ぐと昇っていくような気分になるんですよね。美しい音色に気持ちが安らかになる。Fiona Appleのこの曲も、心がとても安らぎます。『Why Try To Change Me Now』、ぜひ夜更けにじっくりと聴いてみてください。

 


 


Tidal(1996年)

 


When The Pawn…(1999年)

 


Extraordinary Machine(2005年)

 


Idler Wheel(2012年)

 

Sakiko Torii
About Sakiko Torii
BLOOMINT MUSICの運営者。イギリスでの音楽留学経験を生かした音楽的に深みのある記事が売り。独自スタイルのライブ企画、楽曲リリースのコーディネート、ライター活動、各種メディア出演など、韓国ヒップホップにおいて多方面に活躍中。著書に『ヒップホップコリア』。別名ヴィヴィアン。
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