TABLO インタビュー by Arena Homme+

Written By Sakiko Torii

TABLOが変わったと、人々は、彼が暗くなったと言う。本当に?本当にそう思う?人がどのように変わった?問い直すと、彼の音楽が変わったという。

気になった。人々は異常なほどTABLOに執着し、それについて話していた。 人々はなぜ出身にこだわるのだろうか?朝のドラマのためだろうか?それとも彼が間違ったのか?彼らが間違ったのか?

時間は流れた。TABLOはアルバムを発表した。賛辞が続いた。以前のようにテレビでよく見かけるようなことはなかったが、曲はより頻繁に聞こえた。暗くはなかった。重たくて温かかった。

結婚をして、子供も生まれた。誰もがそうであるように、彼も年をとり、家長となった。称賛であれ非難であれ、人々はまたTABLOについて語る。

だが、人々はTABLOを知らない。スターになって10年が経ち、放送を縦横無尽にしたが、人々はそのことを知らない。みんな知らないまま、そうしている。

TABLOが缶ビールを取った。すがすがしく見えた。

 

 

――ゆうべ寝る前、何を考えたか?

途方もなく疲れていた。何も考えられなかった。日本から帰ってきた日だった。3日ぶりに子供に会った。子供と一緒にいた。そうしているうちに、子供が悪夢を見た。夜明けに突然目覚めて、わんわん泣きながら怯えたようにしていた。そんなときは恐怖をなくしてあげるしかない。ずっと慰めなければならない。それで睡眠はほとんど取れなかった。

 

――日本では何をしてきたか?

YGファミリーコンサートをしてきた。日本でYGは本当に人気がある。1回の公演に4万人の観客がくる。途方もなかった。その感じは言葉で表現することはできない。ほとんどの公演は、3千から5千人程度なのに。僕はゲストで出演した。短いステージだったが、かなり不思議だった。

 

――疲れているようだ。撮影会場に来る前に、少しは眠ったか?

スタジオからまっすぐ来た。朝から作業してきた。今日作り始めた曲のメロディーを考えながら来た。今ちょうどサビのメロディーが浮んだところだが、どんな作品になるのか、いや曲がダメかも知れない。ははは。

 

――EPIK HIGHのときは楽しい曲が多かった。聞くほど興味が沸いた。ところでアルバム『열꽃(熱花)』は重い感じだ。なぜ重くなったのだろうか?

重い。実は、ずっと重くなってきていた。アルバムを出すほどに重くなっていったが、その理由はよく分からない。とにかく僕から出てくる音楽だから。僕がますます重い人になっているということもあるし、今回のアルバムは感情を伝えようとすることよりも、リスナーが曲を聴きながら感じる感情に気を遣った。そのせいでより重く感じられる可能性もある。

 

――『イ・ソラの二回目のプロポーズ』に出演した。

ステージに初めて上がる前の胸のときめきや緊張感が久しぶりだった。震えた。緊張した。ステージは気楽ではない。長らくライブをしなかったから。ステージ上の歌手として、何もしてこなかった。音楽を作ることはあったが、実質的な活動をしていなかったので、ちょっとぎこちなかった。人々と同じ空間で音楽をする楽しさは、とても懐かしくて良いことだが、再びその感情を感じるには少し時間が必要なようだ。何でも、もう少しやってみてこそ感覚が戻ってくるのだと思う。

 

――所属事務所を移籍した。ところで、なぜYGだったのだろうか?

妻がそこにいるのが大きかった。それに、実際に僕が欲しいものを備えている。音楽は自分だけでできることが多い。あえて誰かがそばにいる必要はない。音楽をするということは、曲を作るだけでは終わらない。一種の生活なのに、その生活の中でとても孤独だった。EPIK HIGHの時代には、音楽専門担当として制作するだけでなく、他の付随的なものまでやり遂げなければならないシステムだった。見方によっては自由だが、できることややりたいこと以上に、とても多くのことをやらなければならないのが少し大変だった。

 

――ソロ活動を始める時に、EPIK HIGHの他のメンバーが多くの助けになったか?彼らの意見も気になる。

(ここ数年TABLOの身に起きたことは)個人的に体験した痛みだった。チームで体験したわけではない。ひとりで感じた感情は、ひとりで表現するのが正しいと思う。僕だけの考えや感性に、他の友人たちまで引き込むのは違うようだ。個人的な活動をすることで、再び音楽をやりたいという気持ちが生まれ、EPIK HIGH特有のポジティブでエネルギッシュな姿をまた作れることになる。その段階に行くために、このプロセスが今はまだ必要なようだ。

 

――今回のアルバムでは『家』という曲が良かった。TABLOにとって「家」とはどんな意味か?

家という物理的な場所を意味するより、愛する人々がいる場所だ。人それぞれ、自分だけの非物理的な家がきっとあるはずで、そこだけは侵されてはならないという思いで書いた。人々は失恋を経験したりして、悲しみの中に入る。その悲しみが家だと言える。その中で安全に感じるときがあるから。周囲は「おい、早く忘れろ。そんな風にするな」、このように話すが、実際にその環境は必要な空間だ。その悲しみの中で、十分に留まって慣れた後に抜け出せることができるから。そんなことを考えながら作った曲だ。

 

――家の解釈が詩的だ。

あ、そうなのか?分からない。

 

――文学を専攻したからなのか?

文学を専攻してこうなったのではなく、本来こうだったので文学を専攻したようだ。ははは。

 

 

――父親になるというのはどんな感じか?

とても幸せだ。娘が生まれて20ヶ月になった。奇跡のようなことだ。僕が誰かを保護することができ、彼女の力になることができる。いや力にならなければならないという考えのほうが強い。誰かが僕を見守ってくれることも、孤独に勝つ方法だが、僕は誰かを見守るときに孤独じゃなくなるようだ。特別で巨大な感情だ。

 

――33歳だ。父であり、家長でもある。だが人々はTVに出てくるTABLOを見ると、まだ青春や少年だと思う。

それで合っているようだ。結婚して子供がいたら、もう青春ではないということは絶対ではないから。もちろん大きい変化ではあるが、人の根本は変わらないので、さらにポジティブに進めば良いのではないか?妻と僕はまだ分別がない人間だ。精神的に幼いから、子供と楽しく遊ぶことができる。

 

――父親の責任感が感じられる。そのように大人になるのか?

いつも責任感は持って生きてきた。ただ、その対象が変わり、重要性が変わったのだろう。思春期、子供だった頃も責任感はあった。対象に対する深い愛情が常にあったからだ。ただし今は途方もなく重要な対象ができただけだ。特別に大人になった風でもなかった。今後もない。赤ん坊が大きくなり、僕を友人のように感じたら良いだろう。友人らも僕が変わったと言うけど、むしろ一緒にいると「お前、結婚したんだったな!父親になったんだっけ?」そんな話をするくらい変化がなかった。すべての父親が、息子が僕を友人のように接したら良いという。どうしたらそうなるのだろうか?息子がどうしたらそうなるかではなく、二人で一緒に成し遂げなければならないことだ。ただ、父親がそのような心を持つのが一番良いのだろう。

 

――だが思春期に入れば、子供は父親が近づくのが嫌なのではないか?

その通りだ。僕もそうだった。非常に後悔するほどに。あまりにも早く独立して、海外で長い間ひとりでいた。ひとりでいるのに慣れて、音楽をするためにまた戻ってからもずっとひとりで暮らした。それで父親と距離もできたようだ。だけど努力次第だ。周りを見ると、思春期や大人になっても父親と一緒に遊んでいる友人もいる。酒の席で父親が同席したりもする。そういうのを見ると羨ましい。でもまあ、これから僕たちからそうすれば良い。ははは。

 

――つらい日々を過ごした。 家長として経験する苦痛とは違うようだ。味方の人も多かったし、支持する人も多かった。

残念なことだが、ポジティブな力よりも負の力のほうが小さかったとしても、負の波長はより高くなるものだ。世の中の構造がそうだ。僕も他の人のように1日24時間しかない。睡眠もとらなければならないし、ご飯を食べる時間もあって、仕事もしなければならない。時間はすべての人に同じように割り当てられているので、1日を送って悲しんだり、痛みと挫折のために時間を消耗する余裕はない。そのようなネガティブなことに集中し始めたら、その分だけ僕を望む人々に僕自身を与える時間が減る。それではいけないと思った。

 

――そのような時間は、むしろ自分を振り返る時間にならなかったか?

先を見つめる時間になったようだ。自分自身を振り返って曲を書いても、その音楽を人々に渡したあとは、すべてのことが未来になる。その曲を聴いて何かを考えることもでき、思い出を思い出したり、恋をすることもできる。そのため、僕が未来を作るには音楽しかない。僕の未来ではなくても、誰かには助けになったりもするから。

 

――賢く感じられた。苦難を音楽で活用した。本当にアーティスト的な面を持っているんだという気がした。

痛みというのは、他人のために何かをするということではない。してあげられることもない。痛いのは、単に僕が痛いから。だけど僕の音楽を聴いて楽しそうな人々がいる。僕が大変なとき、彼らが何かを持てるようにしてあげたかった。聴いて頑張れるようにするべきではないだろうか?このような考えが大きかったために、音楽をしているようだ。

 

――スタジオに入ってすぐにビールから飲んだ。今でも飲んでいる。元々酒はたくさん飲むほうか?

ものすごくたくさん飲んだ。常に飲んでいるほどだった。最近はそのように飲みはしない。本当はコーラを飲みたかったけど、冷蔵庫にビールしかなかったので飲んでいる。

 

 

――デビュー10年目だ。10年前と今のTABLOはどんな違いがあるだろうか?

10年前には夢が多くあったが、生意気だった。失うものはないという考えで、何でもやり遂げることができて、想像するすべてのことを現実にする自信があった。それで楽しかったようだ。 知らない仕事に当たれば出来るまでするおもしろさと、目の前を見ることもなく、それ以上先を眺める楽しさがあった。20代はじめにふさわしい考え方だった。場合によっては、傲慢に見えるほどに自信に満ちていた。今はそのような考えが消えたようだ。また戻るかもしれないが、今では性格がかなり変わったようだ。

 

――なぜそのように変わったのだろうか?

よく会っている人々は変わってないと言う。ところが久しぶりに会う人は把握できないと言う。よく分からない。よく会っている人々とは、気楽だから心が緩んで、また自信もある。今は社会生活について以前のようにうまくはできないようだ。人をよく理解して知っていると思いきや、生きれば生きるほど人々は理解し難い存在だということを悟っている。

 

――大人たちがいつも言う言葉だ。それでは、防御的に変わったということか?

いや、ぶつかってこそ防御ができるのに、人々とたくさん会わない。そうだからか分からないが、必要なこと、熱望していることが変わった。以前は、人々が好んでくれることを願ったが(20代前半の特徴のひとつだが)、今はそういうことは昔ほど重要ではない。

 

――それでも友達とは頻繁に会うのでは?

古い友人たちとはよく集まる。ボウリングをして、映画も観に行って、そのまま僕たちだけでブルーマーブル(注:韓国のボードゲーム)をしたり、カラオケに行くのも好きだ。ヘジョンと、ポン・テギュと、ポン・テギュのガールフレンドと4人でよく行く。僕たちで『私は歌手だ(注:韓国のテレビ番組)』の真似をする。ジャンルごとに1曲ずつ歌わなければならない。演歌を1曲ずつ、ダンスを1曲ずつ、アイドルの歌を1曲ずつ。その後、点数が出たら、すべて合算して最終的に1、2、3、4位を選ぶ。3時間がすぐに過ぎる。

 

――主に誰が1位になるか?

ヘジョンが1位をよくとる。僕も最後に『風が吹く』を歌って1位になった。

 

――映画も好きだと聞いた。最近おもしろかった映画は何か?

『マネーボール』がおもしろかった。一緒に観た人々は、なぜこれを選んだのかと言ったが、僕にはとてもおもしろかった。終わって出てきて「おい、おもしろいだろ?」そうすると「お前、いたずらでもしてるのか?」こうだったよ。ふふ。

 

――では、なぜ『マネーボール』を選んだのか?

元々そういうのが好きだ。文学を専攻し、本も書いた。かなり売れた。

 

――文章を書いてみたいという考えはないのか?

実は本をあまり読まない。読んだとしても、音楽に関するものを中心に読む。だけど文章は書き続けている。歌詞を書いているのだから。一般的な文章ではなく、作詞のほうが楽しい。おもしろい。だから、ただそうしている。本当に時間がたっぷりあってすることがなければあれこれしてみるだろうが。でも前に本を出したときは、忙しい真っ最中だった。

 

――娘が携帯電話の待ち受け画面だ。子供と遊ぶTABLOの必殺技は何か?

娘は踊ることが好きだ。最近、UV(注:韓国人グループ)の『Itaewon Freedom』にハマった。実際狂ったように踊る。そこでビデオを撮ってユ・セユンに送った。「うちの子はこの曲を流すときだけこうなんだ」と。するとセユンが「うちの子は東方神起だけに反応する」と。「裏切り者」と言ったよ。子供に音楽を聴かせるのがとても好きだ。だから家ではつけておく。それで子供はずっと踊っている。

 

出所:ARENA HOMME+ (KOREA)
翻訳:Sakiko Torii

writerSakiko Torii

BLOOMINT MUSICの運営者。韓国ヒップホップ・キュレーターとして執筆、ライヴ主催、音源/MV制作サポート、メディア出演など多方面に活躍中。イギリスに音楽留学していた本格派。著書に『ヒップホップコリア』。



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